2009年11月10日

壁ちゃん

ベルリンにすんでる
あべちゃん から
国際電話

「もう俺も二十歳だ」

かべちゃんは
つぶやく

日本人の
あ(か)べちゃんは
お金がすべて
なんて
もう
思わなくなったとさ


「林文博 50年」

壁チャン
20年 崩壊には負ける

なんで
競争するの?
貧困がブランドの 現在だから?
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2009年10月30日

感情旅行 〜片隅で〜

十六夜のころに
濱で
笑ってみたいなぁ

風は
秋の薫りを
きっと、海いっぱいに
広げさせ
笑い易い環境を
つくってくれるだろうよ

嗚呼
百五十年
苦笑も
嘲笑も
しないで

ネオンの関内駅周辺
立ち往生してるみたいな感じだ

野毛は
遠いし
相生町は、
若者ダラケ
あの
長者町の
呑み屋のビルには
もう
ママはいないし

困ったなぁ
何処に行こうかぁ

もう
港は見過ぎてるしなぁ

嗚呼
風が吹くよぉ〜

秋の薫りが
胸いっぱいに
広げる
笑い転げて
横濱ノ迷路で
クスクス笑いさぁ

月は去り
夜も白々と明ける

あぁ
生きてる

ありがとう


【リンの一言】
今夜は<十三夜>です。もう、『デッド・スペース』からいい加減卒業したいと思いつつ、なかなか、未練たらたらです。
こうなったら、ハロウィンは、濱で大いに遊びましょう。<収穫祭>は、身の丈程の収穫で十分ですから…。円楽さん、サヨウナラ。
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2009年10月28日

感情旅行 〜職場編〜

いつもの職場に、いつもの速度で、早朝辿り着くと
窓を開けて 秋の涼やかな風を入れて 
黒板を綺麗にする

チョークを用意
10月28日 日直 まーくん>

いつもの職場に、いつもの速度で、早朝辿り着くと
まずは自分のデスクの前で 逡巡
探し物のナント多いこと 時間の無駄の多いこと

いつもの職場に、いつもの速度で、早朝辿り着くと
やる気の起きない 50歳の我を 必死にふんばる
トイレに駆け込み 臭気の部屋で 頭をぶんなぐる
自分の 頭をぶんなぐる

感情旅行だ 俺の人生
ここで とどまるわけではなくて

感情旅行のパスポート
何処までも
何処までも 自由を愛する キモチだけ

放恣じゃないが
何処までも
何処までも 自由を愛する 
キモチだけが 健在なり

心の池には
常に
小石を
投げ込もう

その
波紋の
行く

自分の目で追いかける

ため息 つかずに
追いかける 強さは
さて あと何年 続くやら…

とまれ
ウンコが
流れ去って
黄泉の国へと旅立つ頃

俺は
顔面を叩きながら
職場に
今日もたつ
決心に 至る





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2009年10月23日

アスリート復活か?

 朗読という行為は、{ムヅカシイパーフォーマ?=射精的自慰?}と時々考えることがある。プロ野球選手や高校野球の屈強な球児が、新型インフルエンザAにかかる時代。なにが起こっても不思議じゃない、と言えばそれまでだが…。

 で、10月の≪朗読という行為≫する自分を総括して、驚いた。

 ひょっとして、2016年には、リオデジャネイロでウサイン・ボルトのようなスピード感のある、スパニッシュの朗読出来てるんでは???残念ながら、希望的観測でしかない。

 第一、リオ五輪のころには、小生、当に還暦を過ぎているのだから、嗚呼時計

 10月3日 馬車道十番館 5階にて『紅葉坂物語』を朗読!
 10月18日 ブリーズ・ベイホテル≪第41回横浜詩人会賞授賞式≫の前座で、朗読試みた。

 <デッド・スペース>(拙著)より『素』『肝臓』『メヌエット』の三篇を、<最も近くにある永遠>の詩人・大鹿理恵さんと掛け合い漫才をしながら繰り広げたのである。実に、愉快なイットキだった。

 僕は、<最も近くにある永遠>の中の『手』を有らん限りの力を込めて朗読、〆た。有難う。大鹿さ〜ん黒ハート
 僕の『江の島〜Yへ』を朗読して戴いて。

 さて、11月8日、みなとみらい・グリーンスポットで、横濱詩誌交流会の≪ポエム・サロン≫がある。午後1時台と午後3時台に朗読時間があるのだ。

 ぜひ、お時間黒ハートのある読者の皆様。
 おいで下さい。
 きっと、僕は、笛を吹いているか、ピアノをかき鳴らしているか?

 とりあえず<朗読者>としてのアスリート復活(?)宣言か。

 肉体を鍛えて、頑張ります。
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2009年10月18日

あの素晴らしい愛を…

 音楽家・加藤和彦氏の自殺にショックを受けている。

 僕は、先日(10月14日)に天命を迎えた。その前後に、心の中に去来したのが、【人間不信】【人間嫌い】という言葉だったのである。これは、自分の周囲を見渡しても、世の中の状況を考えても、思いつく言葉だったりするのだ。あまりにも悲しいが…

 そう言えば、フォーク・クルセーダースの曲に<悲しくてやりきれない>というタイトルの曲があったなぁ〜。たしか、詩は、サトウ・ハチローだったような気がするが…

 加藤和彦氏より一回り若いボクは、サディステック・ミカバンドの試みや、あまりにも前衛的な<優しさ>に翻弄された。♪イムジン河♪で彼らが創造したことは、現・鳩山内閣の構想<東アジア共同体>に通じていたのではないか…とふと思う。

 いかに、この国は疾風怒涛の風穴をあけるのに時間のかかる国だろう。テレビの報道によると『もう、音楽の分野でやるべきことがなくなった』との内容の遺書を友人にあてた、という。

 たしかに彼の人生は、思わぬ方向に転げて行って、自ら着地点を探すより方法のないものだったかもしれないなぁ〜。それは、龍谷大学在学中に、フォーク・クルセーダースの活動を促されて、最後まで難色を示したという彼の脆弱性(本当の意味でのやさしさ)の部分に、ひょっとして起因するのかもしれない。

 だが、アノ<酔っ払い>のように天国から帰ってきてほしいよなぁ。

 事実が、曲がることはないのだろう。
 どこかの大臣が、ダム中止と言っても、それはヒトの死の事実ほど絶対性をもたない。(まったくトンデモナイ比喩だ、こまったこまった)

 「♪命かけてと誓った日から 素敵な思い出 つくってきたのに♪」
 あぁ、まったくぅ…。
 <あの素晴らしい愛をもう一度>を涙を拭いて熱唱しようか!
 
 彼の脆弱性を考えつつ、彼の大きな音楽世界を回顧することを始めようか。だって、本当に、傷つきやすい人間を代表してフォーク&ロックの分野で戦い抜いた人だったと思うから…。

 加藤和彦氏の、遥かなる優しさに合掌。
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2009年10月11日

そして  カモメは…

空は薄曇りで 重い
汽笛も
聞こえなくなった 濱で

黒船たちの
憤りに
斬首
生麦


物語を
思い出すのは

ひょっとして
二十一世紀の
教育
貧困
では
ナイ
カシラ

そして
カモメは 飛ぶよ
旋回するよ
ランドマーク
見ながら

この
冬の
かもめハ…



【Lin モノローグ】

 あのトンデモナイ開国博が、終わってせいせいしている。

 きょうは、晴天。久しぶりに、港の見える丘公園に桜木町から、な、なんと、ヨセバよかったのに≪あかい靴号(100円バス)≫に、午後2時12分に乗り込んで、行ったのだ。近代文学館へ…

 <大乱歩展>に到着したのが、午後3時32分だった。

 江戸川乱歩は、僕の記憶の中では<屋根裏の散歩者>しか、ない。
 大学生だった僕は、演劇部の新参者だった。そのとき、裏方に徹して いた松井君が、この探偵怪奇小説を熟読し、芝居にしていた。もちろ ん・アガサ・クリスティー<鼠とり>の舞台もみた。松井君は、大道 具・小道具から照明まで、あらゆる仕事をさせられていた。

 そのとき、初舞台を踏んだのが、今をときめく「片桐はいり」と「林 あまり」。

 はいりは、女優<怪優?> で、「林 あまり」は、坂本冬美のヒッ ト曲、【夜桜、お七】の作詞者である。

 二〇〇九年の冬のを、観るのが楽しみだ。
 五〇歳まで、
 あと
 3日だぁ!

 
posted by リンちゃん at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

所信表明〜10ケ月遅延〜

もうすぐ50歳になります。あの<デッド・スペース>を出版してから。
1年、地道に人生の歩幅を、計算しつつ生きてきた筈でしたが、人生って、そう甘いもんじゃないよ〜雨

てな、感じです。坂はジェットコースター状態に転げ落ちるもんですよ。
で、僕の2009年ネン頭のつぶやきを≪10ケ月遅れ≫で掲載します。
鳩山首相の所信を国会中継で聴く前に、どうぞ、年頭の所信を見て下さい。ヨロシクペン

なんとか、(身体的・精神的)危機から、とりあえず脱したような、そんな心持ちがします。読者の皆様、今後ともよろしく。

台モェ日本列島を通過している今、アナタへ。




2009年。「九」という数字は、中国人にとってはひじょうに縁起の良い数字だ。僕たちは、残された時間の荒波のなかに放り出されて生きているような気がする。テレビ東京のジルベスターコンサートで小曽根真VS井上道義のラプソディーインブルーカウントダウンを迎えた元旦、朝まで生テレビを観るともなく観て、突然、スイッチを切ってしまった。コノ国は「ものを考え始める」その瞬間に突然に時間が足りなくなるような不思議な国になってしまったように思えて仕方ないのだ。我が愛する日本国のこと。

 「九」という数字に希望を込めて、生きていくのが≪縁起担ぎ≫であれ、どうであれ、「明日が見えない」今の乗り切り方のひとつになるのかもしない。
 人間の営みとして「考える」行為が実に重要なものだという認識を持つ自分にとっては…。港の汽笛もこころなしか、鈍く僕の耳に聞こえて来た年の暮、大晦日だった。

 大晦日の昼下がり、NHKテレビで若き頃の桂米朝演ずる「はてなの茶碗(茶金)」を偶々、聞いて、あぁ〜江戸時代の優雅な噺やなぁ〜と思ってしまった。あの頃は≪一攫千金≫を狙い、それに≪当て≫が外れても、情で掬われた時代だった。ところが、今、僕たちのいる世紀は、生き馬の目を抜くごとく、一人ひとりが、孤独感を共有することなく時間だけが無為に過ぎ去るような時代ではないか、とふと思ってしまったのだ。

 不安な時代に、豊穣なる時間をいかにマトモに認識するか、それにかかっているように思う。
≪現在≫の認識を大切に、僕は「九」の時代に寄り添って、「生きる意味」を捜す一年にしよう。

posted by リンちゃん at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月07日

<艾未未>展 (六本木・森美術館にて)

<艾 未未>の作品群を鑑賞しに、開港百五十年の横浜から、六本木に行った秋のひととき、彼の中の巨大な記憶装置とその純化した祖国・中国のとらえ方に目を釘付けにされた。心奪われたのは、ホンモノの茶葉で作られた閉じられた建造物、「ティーハウス」であった。その空間に立って、僕は薫るその心にこそ、何千年と続いた伝統と今、此処にあることの価値観を自由に発想することを試されている錯覚にとらわれた。茶葉の香りは単純に心を癒してくれた。だが、造形物の硬質に閉じられた世界と相まって、鑑賞者がこの二十一世紀に生きる根源を突き付けられるのである。映像作品「長安通り」は、全篇が十時間を超える大作だ。北京の長安路を固定カメラが、約一分ずつ、移動しながら撮影を繰り返す。時間の記憶と北京の空気を、これも丸ごと閉じ込めて動じない。あの天安門に続く道が…。日本在住の華僑として、僕は何度か祖国・北京に旅をしたことがある。そのとき感じた高ぶる気持ちを、この映像作品「長安通り」は、否定こそしなかったが、日常の風景の流れをポンと提出してくれる潔さに、遙かなる今を哲学する。
彼の経歴をみると、下放での生活の苦難を乗り越え、N.Yへ、そして昨年のオリンピック・メイン会場のデザイン・クリエーターとして走りつづけるようすを窺えるが、伝統とその破壊の永遠の繰り返しを、無垢になって創造し続ける巨大さには、個の発想が、どこかにある。それは、街のにぎわいの中に、ふと、静謐な個が宿るような不思議な営為である。
六本木ヒルズからの帰り道、考えてみれば、横浜の中華街も、もとはと言えば、田んぼの畦道から始まった景色であったかも、と地下鉄の中でふと、我に返った自分がいた。そう言えば、妻と森美術館に入る前に、東京タワーをバックにフラッシュ付きの撮影の列に並んだのだった。アノ夕まぐれの三百三十三米のタワーも、二〇一六年のリオのオリンピックの頃には、次のタワーに二倍近くに追い越される…。東京スカイツリーが出現するらしい。これも疾走する都市空間の不思議かも?


             9月シルバーウィーク中・妻と散歩
posted by リンちゃん at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月16日

ピエロ舞う


夕陽に 自分を映してた
山の端は 薄紫に染まり
ピエロ舞う
ソノヒトトキに
歓喜の涙

昼時に
ランチ弁当を
350円で注文した
とんかつ
てんぷら
の 嵐
ピエロ舞う
ソノヒトトキに
カロリー計算
糖尿病のわが身に涙

富士山頂で
マイナス15度
ピエロ舞う
ソノヒトトキに
自分の頬を
殴ってみた

もう動けない
吐息の真っ白
涙を半分残し
下山

ピエロ舞う
ソノヒトトキに
乳飲み子 残し
ご来光も
明日への
宿題

posted by リンちゃん at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月12日

だから、夕景

開港150年、僕は毎日にように、意味なく海をみる。

むろん、泳げない。

大桟橋で、大型客船が入港する情報を手に入れては
500円の駐車場代を払おうと
夢にまで見て
地球の裏側に 行こうとする

だから、夕景

沈む夕陽をみて
マジックタイムを語る夢をみる

ああ
裏側へ

行こうか
此処


大桟橋カラ…
posted by リンちゃん at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする