1年、地道に人生の歩幅を、計算しつつ生きてきた筈でしたが、人生って、そう甘いもんじゃないよ〜
てな、感じです。坂はジェットコースター状態に転げ落ちるもんですよ。
で、僕の2009年ネン頭のつぶやきを≪10ケ月遅れ≫で掲載します。
鳩山首相の所信を国会中継で聴く前に、どうぞ、年頭の所信を見て下さい。ヨロシク
なんとか、(身体的・精神的)危機から、とりあえず脱したような、そんな心持ちがします。読者の皆様、今後ともよろしく。
台モェ日本列島を通過している今、アナタへ。
2009年。「九」という数字は、中国人にとってはひじょうに縁起の良い数字だ。僕たちは、残された時間の荒波のなかに放り出されて生きているような気がする。テレビ東京のジルベスターコンサートで小曽根真VS井上道義のラプソディーインブルーでカウントダウンを迎えた元旦、朝まで生テレビを観るともなく観て、突然、スイッチを切ってしまった。コノ国は「ものを考え始める」その瞬間に突然に時間が足りなくなるような不思議な国になってしまったように思えて仕方ないのだ。我が愛する日本国のこと。
「九」という数字に希望を込めて、生きていくのが≪縁起担ぎ≫であれ、どうであれ、「明日が見えない」今の乗り切り方のひとつになるのかもしない。
人間の営みとして「考える」行為が実に重要なものだという認識を持つ自分にとっては…。港の汽笛もこころなしか、鈍く僕の耳に聞こえて来た年の暮、大晦日だった。
大晦日の昼下がり、NHKテレビで若き頃の桂米朝演ずる「はてなの茶碗(茶金)」を偶々、聞いて、あぁ〜江戸時代の優雅な噺やなぁ〜と思ってしまった。あの頃は≪一攫千金≫を狙い、それに≪当て≫が外れても、情で掬われた時代だった。ところが、今、僕たちのいる世紀は、生き馬の目を抜くごとく、一人ひとりが、孤独感を共有することなく時間だけが無為に過ぎ去るような時代ではないか、とふと思ってしまったのだ。
不安な時代に、豊穣なる時間をいかにマトモに認識するか、それにかかっているように思う。
≪現在≫の認識を大切に、僕は「九」の時代に寄り添って、「生きる意味」を捜す一年にしよう。
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